二人の文学青年、中原中也と小林秀雄。
そして一人の女優志願の女、長谷川泰子。
波乱に満ちた三人の人生は、
文学史に残る「奇怪な三角関係」で幕が開く……。

■「そこでいちばん親しい二人が、時にいちばん憎みあふ。」
―――中原中也の恋愛詩
 詩人・中原中也の最も有名なエピソードは長谷川泰子との恋愛です。
 1923年、中也16歳・泰子19歳という若さで二人は京都で同棲を始め、翌年ともに上京しますが、泰子はやがて、中也の友人である小林秀雄のもとへと去ります。
 以来、後に小林秀雄が「奇怪な三角関係」「僕達が見てきたあの悪夢」と記した、抜き差しならない壮絶な人間模様が繰り広げられることになります。
 中也は泰子に去られて、自分のことを「口惜しき人」と書き残しますが、三人の交友は、泰子が小林秀雄と同棲している間も、二人が別れた後も、そしてそれぞれが別の相手と結婚した後も、奇妙にその距離をとったり縮めたりしながら、恋愛という枠を超えて続いていきます。
 この関係は抒情詩人として変貌・成熟を見せていく中原中也の数々の作品にも多大な影響を及ぼしていくことになります。意外と知られていませんが、中原中也は驚くほど多くの恋愛詩を書いています。その幾つかは、結果的に長谷川泰子が中也に書かせたと言えるかもしれません。
 「おまへは俺を愛している、一度とておれを憎んだためしはない。」
 「おれもおまへを愛している。 前世からさだまつていたことのやう。」
 「それなのにまた二人にはひどく浮気な心があつて、」
 「そこでいちばん親しい二人が、時にいちばん憎みあふ。」
 「それが真実を見えなくしちまふ。」
 中原中也の叙情詩だけでなく、身を削るようにして生み出された中原中也の恋愛詩の数々……。そうした中原中也の新しい魅力をこの舞台では鮮明に打ち出していきます。
■「だって、あの人との腐れ縁はちっとも切れないからさ」
―――あらすじ
 今はビルの管理人として生計を立てている年の頃60過ぎの長谷川泰子のもとを、ある日、中原中也の弟・思郎が訪ねてくる。
 「あなたも落ちるところまで落ちましたね」という思郎に、泰子は「あなた、ほんとに思郎さん?」と問いかける。「ほんとは中也じゃないの?」
 中也はもう、遠い昔に死んでいる。
 いぶかる思郎に泰子は言う。「だって、あの人との悪縁はちっとも切れないからさ」……。
 京都での中也との出会い。小林秀雄との恋。地獄のような日々。追い続けた女優への夢。未婚の母として生きる決意……。
 中也に思いを馳せながら、泰子の運命の旅が再び始まる……。
■ひたむきな生き方が現代人に指し示すもの
 恋愛感情が芸術作品を生み出す原動力になる。これはいつの時代も変わらずにあると思いますが、「時代」が「恋愛」に与える影響は、かなり違いがあります。
 長谷川泰子の生き方(同棲、不倫のような関係、未婚の母)は、現代ではさほど珍しいことではなくなりました。珍しくないということは、それは「日常」でしかないということです。日常に激しく感情が揺さぶれることはなかなかありません。そうなると、感情が揺さぶられなければ生まれない芸術もまた、生まれにくいということになります。
 中原中也生誕からおよそ100年。中也たちの時代に比べて、現代は、「恋愛の価値」がどんどん下がってきているのかもしれません。恋愛の価値が下がったことで、芸術作品を生み出す原動力も以前ほどのパワーは持ち得ない時代、それだけ体丸ごと相手にぶつかっていくコミュニケーションが乏しくなってしまった時代、今はそんな時代だと言えるのかもしれません。
   妥協していく人間はいつの時代にもいるけれど、妥協せずに潔く生きていく人間はいつの時代にもそうそう多くはいないものです。一生懸命に、ひたすら自分と向き合って夢を追いかけていたら、中也と出会い、小林と出会った泰子。恐らく、泰子は、その数少ないほうの女性だったのではないかと思います。そしてまた、自分の文学を飽くなき探求心で求め続け、奪われた泰子を求め続けた中原中也も、自分と向き合いながらひたむきに人生を駆け抜けた一人の男だったと言えましょう。
 だからこそ泰子・中也の生き方は、生き方を選び取ることができる現代の男性・女性にとても多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。『中也が愛した女』を舞台版として上演することの意義は、何にも増してこの点にあるように思います。
劇作家 古城十忍